2008-06-14

「砕かれた神」

1925年に静岡の農家で生まれた少年は、皇国史観をまるごと飲み込み、「天皇の御心にかなうため」15歳で志願兵として海軍に入隊。マリアナ、レイテ海戦に臨む。戦艦武蔵沈没で奇跡的に生還。45年復員。戦後すぐにマッカーサーと並ぶ昭和天皇の写真を見て、激しい怒りと憤りを感じる。「天皇の戦争責任は、どこに行ったのだ?」「どうして、国民は,手のひらを返したようにアメリカ礼賛をできるのだ?」1927年に東京で生まれた少女の曾祖父は犬養毅。父は外交官。3歳で家族とともに渡米。小学5年まで外国暮らしをして帰国後は,清心女子学院に入学。終戦まで日本で過ごす。家族は軍国主義に傾く日本に批判的でありそれが少女の価値観に大きい影響を与え、戦後は満州への膨張政策についての研究を皮切りとして研究者の道を歩む。

少年は渡辺清。 70年から「わだつみ会(日本戦没学生記念会)の事務局長をつとめ、自らも含めた日本人の戦争責任について問う著作をいくつも発表したが81年に急逝。少女は、長じて国際政治学者となり、国連難民高等弁務官として活躍し、その立場から「紛争」「難民」についての識見を深めた緒方貞子。

ほぼ同時代のふたり。偶然なのだけど、渡辺清著「砕かれた神〜ある復員兵の手記」(岩波現代文庫)と東野真著「緒方貞子〜難民支援の現場から」(集英社新書)を続けざまに読んだので、余計痛烈な印象でした。

「砕かれた神」は、復員後一年弱の19歳の日記。手のひらを返したような世相に憤りつつ、ひたすら「天皇は、いつ責任をとるのだろう」と待ち、どうやらそれはありえなさそうだと気づいたときの徒労感、絶望感。厭世気分。多くの仲間を戦闘で失ったのに自分は生き残ってしまったことへの後ろめたさ。それが、少しずつほぐれて、新しい生活を歩もうと決意できるようになるまでの心の流れが、農作業の様子、友達や家族との会話、農村の日常などの「小さいできごと」と絶妙なバランスで描かれているので、読んでいて疲れない。「等身大」だからだと思う。もしかしたら「創作日記」なのでは?とも思えるが、一家の大黒柱を失った近所の家庭の様子。「疎開もの」をなんとなく疎ましく思っている農民たち。自暴自棄になって飲んだくれている復員兵。軍国教育を施していたかつての恩師が「ミンシュシュギ」を語る欺瞞。そんな周囲への眼は、とても冷静で淡々としている。ラスト、天皇から「賜った」金品を全部返却するところから新しい生活へ旅立つところなどは、この筆者のかたくなまでの純粋さが伝わって来て清々しくもありました。

名著です。

緒方さんの方は、テレビ番組の取材内容を膨らませたもので、「リーダー論」としては、興味深い。「決断を下す」ということの重さ、ぶれない視点をもつことの大切さが、よくわかった。だけど、「砕かれた神」を読んだあとだと、緒方貞子は、ああいうポジションの人にしては、希有なまでの「現場主義」であるのだけど。どうしても「上からの視点」だなあと思える。それに、「軍国主義には批判的であった家族」という緒方貞子に対して、渡辺清なら、「それがわかっていて、どうしてあなたの父上、エリートの立場にいた人はそれをとめられなかったのですか?」と尋ねるだろう。と、「難民支援問題」とは、違ったところに反応してしまいました。
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夕ごはん

トマトハンバーグ
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ワラビの酢漬け
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わかめと卵のスープ

4 comments:

  1. 砕かれた神は、地元図書館にあったですゆえ、いつか読んでみたいです。
    本になってないけど、すごいのは、硫黄島の生き残りの方の手記です。お孫さんが、HPでアップしてます。

    ★祖父の硫黄島戦闘体験記
    http://www5f.biglobe.ne.jp/~iwojima/

    かなり、長くて読みづらいので、気が向いたら、どうぞ。わたしの祖母の弟も硫黄島で戦死しました。

    そうなんです。おりひめさんの言うように、この戦争は無意味だとか、負けるだとか思っていた当時の大日本帝国のエリート層はなぜ沈黙したか。
    おなじことがナチスドイツでもあったと聞きます。しかし、ドイツの場合はヒトラーを暗殺しようとして失敗しました。それに反して、日本のエリート層の沈黙、軍国主義に対する従順はいったいなんだったのでしょうか?自由主義者やコミュニストが次々と逮捕される中、彼らエリート層は、火を噴くことはなかった。やはり、そこには天皇という国家元首の存在を抜きには語れないと感じるのですが・・・。

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  2. みかん様

    硫黄島の方、ありがとう。まだ読んでいませんが、時間がある時に読んでみます。

    大日本帝国エリート層の「沈黙」に関しては、ブームになった白洲正子、次郎夫妻もそうだよね〜。戦後に活躍するために黙っていたのかなあ。

    以前「ゆきゆきて神軍」を見たときは、あまりピンと来なかった(奥崎謙三のキャラクターのインパクトが強過ぎた)ことがこの「砕かれた神」ではよく伝わってきました。

    「小さきもの」の視点です。

    おりひめ

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  3. 『ゆきゆきて、神軍』は、みたことないのですう。

    なぜ、日本はあの戦争をしたのか・・・いろんな視点から資料を読んだり、考えてますが、なんかねえ、日本固有といっていのだろうか、ある時点になると、急に沈黙したり、放棄したり、思考停止の無抵抗状態になるんよね。でも、これは何も過去に限った話ではなく、現代の問題にも深くかかわると思うので、今、改めてあの戦争を考えるという思想の流れも感じるので、注目していきたいと思います。

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  4. 第二次世界大戦や、その他戦争の事に関しては、正直うとかったです。
    おととし、映画づいて、気づいたら戦争関連ばかり見てたようにおもいます。
    「父親達の星条旗」
    「硫黄島からの手紙」
    「ウィンズ オブ ゴッド」
    「太陽」(?)でしたっけ? 桃井かおりが皇后役だったの。

    で、ノンフィクションで「硫黄島」での指揮官の本を読んだりで、ちょっと心が向こう側に引っ張られそうで、こちら側に引き戻すのに大変でした。

    軍隊でも、「陸」「海」「空」で、全然別物だったみたいですし。

    本当に、日本の”エリート”は、沈黙していましたね。”天皇”という存在のせいでしょうか?

    かたや、ドイツでは、天才的な神学者、ボンヘッファーは、ヒットラーを暗殺しようとして、終戦直前に処刑されましたし。
    暗殺をくわだてた神父さま。伝記読んだけど、よくわかりませんでした。ただ、彼の
    「神のまえに 神とともに 神なしに生きる」という現代の神学についての言葉のには、とても惹かれます。
    クリスチャンではないのですが。

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