2008-12-14

長生きは「長息?」

今日、町まで用事があって出かけたら,見かけました!側溝につっこんでいる軽自動車。前の部分は大破している模様。通りかかりの親切な方がひきあげようとしている最中。運転手だったらしい若い女性は、ケータイでどこかと連絡を取っている最中。今年、はじめての目撃ですが、以前にも同じ場所で同じようなシーンを見た記憶が。私も気をつけよう。。。

今日は、最近図書館から借りて読んだ本のご紹介。「息の発見」(五木寛之、玄侑宗久著 平凡社 2008)自称「健康ヲタク」の五木寛之さんが禅寺の住職でもあり作家でもある玄侑宗久さんを相手に古今東西様々な「呼吸法」について語り合うトーク本。やれ腹式呼吸だ、逆腹式呼吸だ。丹田にヨガに、フルート奏者の呼吸法から、人は末期に息を吸うのか?吐くのか?まで、とにかく「呼吸」について雑多に語っている本です。

印象的だったのは、よく耳にする「どうして僧職者は、長生きが多いのか?」の話題。おふたりの結論は、「毎日『お経』をあげているから。」お経の独得の読み方が、深い呼吸をもたらし、それが結果的に健康的なのでは?ということ。確かに私の長生きだった祖母も毎朝、毎晩お経をあげてたなあ。それに加えて、現職の「お坊さん」である玄侑さんは、「お寺の住職というのは、いつお葬式に呼ばれるかわからない。つまり、常に『明日が読めない』『予定が立たない』生活をしている。そういう日々を送っていると、何か予期せぬ出来ごとに出会ったときのストレスが少ない。人生は予期できないのがあたりまえ、と思っている。」と語っていらして、受ける五木氏は、「もともと仏教には、『人生では30秒先しか確かではない、それから先のことは、わからないのだから思い悩むな。ほおっておけ。将来のビジョンはたてるな』、という教えがある。」と述べている。

最近、テレビや新聞などで「明日の読めない今」のような言い方をよく耳にするけど、もしかして、先が見えると思っていたのは、実は「幻想」なのかもなあと、ふと思いました。

息の発見
息の発見五木 寛之

平凡社 2008-10-07
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夕ごはん

焼き鮭
花菜のおひたし
白菜のキムチ漬け
アボガドのお刺身風
茶碗蒸し
納豆
長いもすりおろし

「ちゃ、茶碗蒸し〜?」という声が聞こえてきそうですが、、、知り合いからおすそわけのレトルトを使いました。(^^)なんと、砂糖抜きでびっくり!珍しい。というのも、私が住んでいる地域では、茶碗蒸しは「砂糖いり」の様子です。皆さんの地域ではいかがですか?

3 comments:

  1. えっ!?茶碗むしって、普通、だし味じゃないの?
    あまいって?プリンみたいだね。
    彼の地の茶碗蒸しは、おやつっぽいのかなあ?

    たしかに見えない未来の予定をたてても仕方ないって話、そりゃそうなんだけど、あんまり、行き当たりばったり人生なのも、周りが困るのよね・・・。でも、本人はストレスもなく、幸せそうですが。もう、おわかりですね、わたしが、誰のことをいっているか(笑)

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  2. >みかんさま

    彼の地では、ポテトサラダも砂糖入りだし、地域によっては、お赤飯の小豆が甘納豆です。


    おやつ好き?というより、やはり「甘いもの=ごちそう」時代の名残だと思います。

    たしかに、「行き当たりばったり」では、周囲が、困りますよねー。でも「その方」が「幸せそう」というのは、ひとつのヒントかもしれませんね。仏教で言う「明日のことはほおっておけ」は、ややニュアンスが違うような気もします。

    おりひめ

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  3. >仏教で言う「明日のことはほおっておけ」は、ややニュアンスが違うような気もします。

    うふふ、そうですね、おっしゃるとおりです。しかし、あまりにも、振り回されたので、つい、引き合いに出してしまいますわ。(涙)

    そっかー、ポテトサラダも甘いんだ。う〜ん、う〜ん。

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